野良猫騒動(5)
下りてみると、キッチンの床に、キッチンパックに入れてトースターの上に置いておいた食パンが、袋ごと食いちぎられ、食べかけが散乱していた。
そして、リビングの床には、飾り棚に飾っていたマトリョーシカ人形が転がっていた。
何とかして家から出ようと、夜中、無闇に走り回ったのだろう。
チーちゃんを我が家で飼うのは不可能だと確信した。
7時になるのを待って、わたしはEさんに電話した。
慣れないどころか、とても警戒心が強くて手を出せば引っかかれそうな勢いだと話した。
猫を家の中に入れておくこと自体、猫にとっても、すごいストレスになると思うから、恵比須さんに戻した方がいいと言った。
Eさんも今度はすんなり同意し、チーちゃんを迎えに来ることになった。
まる二日間、一体、どこに大小便していたのか、一度も使われることのなかった猫砂を袋に戻し、食べかけの猫缶といっしょに紙袋に入れてEさんを待った。
直ぐにEさんはやって来た。
彼女は、壁とドレッサーの隙間に手を差し込み、隠れていたチーちゃんを、綿埃と一緒に引きずり出した。
わたしは彼女に紙袋を手渡しながら、「出戻り娘を迎えに来た母親の心境じゃない?」と言って笑った。
翌朝、朝ご飯を食べながら、夫がボソッと言った。
「あの猫騒動は一体、何だったんだ?」と。
わたしも全く同じ思いだった。
一体、あの二日間は何だったんだ?
それから間もなくして、Eさんから電話があった。
「昨日の夜はね、チーちゃん、わたしの布団で寝たんよ。
でもね、うちの猫どもは、わたしがチーちゃんと居ると近寄ってこれないからかわいそうよね。
だいぶんストレス溜めてるみたい」
結局、Eさんはチーちゃんを5匹目の猫として飼うことになるのだろう。
最初っからそうしてればこの騒動はなかったのにと思ったが、口にはしなかった。
【終】