ポスト団塊世代のお気楽な日々

初老に近いおばさんが自由気ままに書き綴る自分勝手なひとり言

★糠に釘だね


娘達を連れて、わたしの実家へ挨拶に行った時のことだ。

わたしの母はわたしと違って勧め上手で、お客さんに食べさせるのがうまい。
わたしは一度勧めて遠慮されたら二度と勧めないので、客は美味しい物も食べ損ねることになる。

その日も、母は、次々と食べ物を出して来てはテーブルに並べた。
婿殿のお母さん、甘い物は苦手だが、母に気を遣って、お饅頭を口に運んでいた。
その時のことである。

お母さんが、「おいしかった」と言われたので、わたしは驚いた。
というのも、普通は「おいしい」であり、日本語が話せないお母さんが、わざわざ「おいしかった」と過去形を使われたからだ。
「おいしかった、なんて言葉、一体、どこで習われたんですか」
と尋ねると、お母さんの長い話が始まった。
娘が通訳をする。

婿殿のお母さんは、2,3年前から、戦前の日本語教育を受けた80代の台湾の人から、時々、日本語を習っているそうだ。
と言っても、文法などはどうでもよくて、単語中心、直ぐに使える日本語である。

いつだったか日本人と食事した時、お母さんが「おいしい」と言ったら、その日本人は「おいしい」と言うたびにその料理を取り分けてお皿に入れるので、食べ切れなくて困ったそうだ。
それで、日本語の先生にその話をしたら、彼は、「おいしい」じゃなくて「おいしかった」と言えば、満腹したのだと思って更に勧められることはない、とアドバイスしたそうだ。

もちろん、わたしの母も一緒に娘の通訳を聞いていた。
「あ、そう。なるほどねぇ」などと言って感心しながら聞いていた。
母も理解したのだと思っていた。

ところがやはり甘かった。
いくらお母さんが切実な思いで「おいしかった」と言っても、全然お構いなし。
「さあ、どうぞ、どうぞ」と言って、しきりに勧めている。
お母さんは困っている。

わたしは呆れ、娘は、「糠に釘だね」と言って苦笑い。
婿殿は、我関せずとばかり、せっせとお菓子を口に運んでいた。